有限電子温度における分子軌道法の開発

 量子統計力学と分子軌道法とを融合した新規計算手法の開発とそれらを用いた理論研究と物性予測を行っています.通常の分子軌道法では,ある基底関数の線形結合によって電子の波動関数を記述するため,波動関数の精度は用いられた基底関数に依存し,精度の高い計算を行うためには多くの基底関数を必要とします。一般に広く用いられている基底関数は,中性原子や原子イオン系に対して密度汎関数法やハートリー・フォック法で最適化されたものが用いられています。しかしそれらの基底関数が大きい分子や励起状態,さらには異なった電子状態を計算するには必ずしも最適とは限りません.また,通常の分子軌道法は基底状態での計算なので,その計算結果から有限温度での性質を議論するには無理があります。
 そこで,分子軌道法を有限温度に拡張するにために,有限個の基底関数で張られた空間での近似的な熱力学ポテンシャルと無限個の基底関数で張られた空間での正確な熱力学ポテンシャルとの間に成り立つ不等式を導出しました.そしてその不等式に基づく変分法を適用して,(1)ハートリー・フォック近似の範囲内での軌道指数の最適化法,(2)電子相関を考慮した熱力学ポテンシャルの計算法を開発し,そのプログラム(プログラム名:MORIS)を作成しました。
 MORISの特徴の一つは,基底関数としてガウス型関数よりも原子軌道に近いスレーター型関数を採用することによって,少ない数の基底関数で高い精度の計算ができるようにしていることです.また通常の分子軌道法では分子軌道係数だけを最適化しますが,MORISではスレーター型関数の軌道指数も自動的に最適化する機能を備えているため,計算方法の非経験性と計算精度が共に向上しています。
 適用例として,ハートリー・フォック近似で27℃でのフッ化水素の結合解離ポテンシャルを図1に示します。
 
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図1:27℃でのフッ化水素の結合解離ポテンシャル。青い線が孤立原子のおける軌道指数を用いた場合,赤色がそれぞれの原子間距離において軌道指数を最適化した場合の計算結果


 孤立原子における軌道指数を使用した場合,結合距離が0.99Å,解離エネルギーが2.30 eVですが,軌道指数を最適化すると結合距離が0.93Å,解離エネルギーが3.32 eになります。実験値は結合距離が0.92Å,解離エネルギーが5.84 eVですので,軌道指数の最適化によって計算結果が大きく改善されたことがわかります。
 このようにハートリー・フォック近似で実験に近いシミュレーションを行うことができますが,この近似では電子相関が考慮されていません.そのため,たとえばフッ素分子の平衡距離の実験値である1.412Åを再現できません(図2の青線)。このような問題を克服するために,図3のファインマン図形で表現される修正GW法を開発しました.これによりハートリー・フォック近似では再現できなかったフッ素分子の結合解離ポテンシャルの計算に成功しました(図2の赤線)。
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図2:フッ素分子の結合解離ポテンシャル。青線がハートリー・フォック近似でのシミュレーション結果。赤色が修正GW近似でのシミュレーション結果。

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図3:ファインマン図形で表現されたヘルムホルツの自由エネルギー。実線は平均場近似での電子の伝播関数を,細い波線は遮蔽されていないクーロン相互作用を表わしています。ハートリー・フォック近似は,(a)にある等式の右辺で第3項目のみ,(b)にある下の等式の右辺で弟1項目のみを考慮することに対応しています。

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中村 賢
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学歴: 平成 9年 3月 東京理科大学大学院理工学研究科物理学専攻博士後期課程修了

学位: 平成 9年 3月 理学博士(東京理科大学)修得。論文名「スピンゆらぎに基づく超伝導と次元性」

職歴: 東京理科大学理工学部物理学科 授業嘱託(非常勤)、東京大学リサーチアソシエイト、東京理科大学理工学部物理学科 嘱託助手、山口東京理科大学基礎工学部電子・情報工学科 嘱託助手を経て、平成17年4月より現職

受賞 平成11年8月 強相関電子系に関する国際会議(SCES99NAGANO)「The SCES'99 Outstanding Poster Prize」受賞 links.gif
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